卵かけご飯の歴史を解明!考案者はいったい誰なのか!?謎に迫る。

管理人の日常
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先日、いつものように卵かけご飯を食べていて、ふと卵かけご飯っていつからみんなに食べられているんだろと疑問を持ちました。

発案者っているのかなと。

ググればきっと分かるはず。
色々な情報が出てくるはず。

でも色々と情報も散らばっているので、より簡潔にまとめてみようと思いました。

この記事を読むことで卵かけご飯の歴史を簡潔にポイントを理解できるようになるかと思います。
それではどうぞ!

卵かけご飯を日本で初めて食べた考案者

卵かけご飯を日本で初めて食べたのは、岸田 吟香(きしだ ぎんこう)さんだそうです。

昭和2年(1927年)発行の「生活研究 彗星 第二年 八月号」に文献が残っており、そこには「岸田吟香がたまごかけごはんを明治時代初期に食べた」と記録されているとのことです。

その文献には、「鶏卵和(けいらんあえ)」と記述されており、これが元祖卵かけご飯として伝えられています。

卵かけご飯を日本で初めて食べたことから、岸田 吟香(きしだ ぎんこう)さんが考案者として今でも語り継がれているようです。

卵かけご飯を日本で初めて食べた人

岸田 吟香(きしだ ぎんこう) 
1883年生まれ – 1905年没
岡山県久米郡美咲町の出身

卵かけご飯が考案された背景

なぜこの卵かけご飯が生まれたのか。
調べてみるとポイントは大まかに2点あります。

まず1点目は、岸田吟香さんが幕末から明治にかけて活躍したジャーナリストであり、周囲に広めることができるだけの影響力があり、それが文献として実際に記録されたこと。

そして2点目が、美咲町内に西日本で最大級の養鶏場があり新鮮な玉子が身近に存在していたこと。

この2点が合わさって今も語り継がられているのだと思います。

卵かけご飯が考案された背景
  1. 岸田吟香さんが幕末から明治にかけて活躍したジャーナリストであり、周囲に広めることができるだけの影響力があり、それが文献として実際に記録されたこと。
  2. 美咲町内に西日本で最大級の養鶏場があり新鮮な玉子が身近に存在していたこと。

卵が食べられるようになったのはいつから

ちなみに、卵自体が食べられるようになったことが文献に登場するのは、江戸時代初期の寛永3年(1626年)だそうです。

その文献は「後水尾院様 行幸 二条城御献立」で、後水尾天皇の二条城行幸の際に供された献立として記録されており、そこには天皇の饗応に用意されたカステラの材料として玉子が登場しているそうです。

江戸時代の中期になると、庶民にも普及し、様々な卵料理が生まれ文献にも記録されているそうだが、生卵をご飯にかけて食べるという所謂「卵かけご飯」のような記録はまだなく、あくまで焼いたり、煮たりなどの火を通して食べる調理方法だったそうである。

卵が食べられるようになった時期

江戸時代初期の寛永3年(1626年)。

一般庶民の間で卵が食べられるようになった時期

江戸時代中期(1650年~1750年頃)。

ひとり言

卵かけご飯の歴史ってもっと古いのかと思っていたのですが、記録上はまだ100年経ってないことに驚きです。

そう考えると、今は必ず火を通して調理している食材も近い将来生のまま食べることが当たり前になるかもしれませんね。

今は何も抵抗なく食べている卵かけご飯ですが、考えてみると生で卵を食べるってかなり勇気が必要な気がします。

だって鳥の卵ですもの。

こうやって時代時代で食文化も大きく方向転換することがあるということですね。

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